ディーゼルエンジンについて考えてみた
2015/10/04
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Volkswagen 排ガス試験不正をきっかけに
- すでに大騒ぎになっていますが、2015/09/21にVolkswagenがディーゼルエンジン車の排ガス試験で不正ソフトを使用していたことを認めました。いろいろと批判されているようですが、そういったことは他のサイトに任せて、ここではディーゼルエンジンと排ガスの関係を調べつつ、例の不正ソフトは何をしたのか、何のためにやったのかについて考え、これをきっかけにディーゼルエンジンへの理解を深めたいと思います。
- 理由は以後説明しますが、不正ソフトがやったことと目的について結論から書くと
- 何をしたか: EGR(Exhaust Gas Recirculation, 排気再循環)を排ガス試験中だけ動かし、普段は止めた
- 何のために: 実走行時もしくはスペックとしての燃費を向上させるため
ではないかと考えています。
ディーゼルエンジンの燃焼
- ディーゼルエンジンがガソリンエンジンと大きく異なる点は、圧縮により温度上昇した空気へ燃料噴射することで点火/燃焼することです。ガソリンエンジンは予め燃料を混ぜた混合気を圧縮後、プラグからの火花で点火/燃焼しますが、ディーゼルエンジンでは軽油の発火点がガソリンに比べて低いため(*1)、圧縮によって高温となった空気に燃料を噴射するだけで、点火/燃焼に至ります。
- 一般的に圧縮比の高いエンジンはパワーも高くなります。その分燃焼時の膨張比が大きくなるからです。ガソリンエンジンは混合気を圧縮するため、ピストンが上死点に達する前に発火する(ノッキング)ことを避ける必要があることから、圧縮比は10前後に設定されますが、ディーゼルエンジンの場合はが圧縮時発火の心配が無いため、なるべく高めの圧縮比を持たせようとします。
- しかしながら、1980〜1990年代では燃料噴射の効率が悪かった(*2)ため、あまり圧縮率も上げらませんでした。それでもパワーを得るために、多少無駄ながら燃料を多めに噴射していたと思われます。その結果問題となったのが、昔のディーゼルエンジン車でよく見た黒煙...PM(Particulate Matter)です。ディーゼル排気ガスのPMは十分な酸素が無かったため燃焼し切れなかった燃料の燃えカスです。
- ここで2000年の直前ですが、コモンレールと呼ばれる燃料噴射機構の登場により、高圧縮状態でも効率的な燃料噴射が可能となります。この結果燃料が残ることはなくなりましたが、ディーゼルエンジンの圧縮比が高くなるにつれて、燃焼で使用されなかった酸素が残ります。この残った酸素が燃焼時の高温で窒素と結合しNOxが発生するようになります。
-
つまりディーゼルエンジンは「PMを減らせばNOxが増え、NOxを減らせばPMが増える」という厄介な問題を抱えています。その関係を示したのが下の図(*3)です。
- 上図の黒破線は、現状のディーゼルエンジンがどのあたりで動いているかの分布を示しています。PM寄りか、NOx寄りか、中間か、エンジンの目指す仕様によって変わってきます。
- 排気ガスの中に残ってしまったPMやNOxは、車外へ出る前に取り除く必要があります。この仕組みとしてPMに対してはDPF(Diesel Particulate Filter)、NOxに対してはLNT(Lean NOx Trap)とSCR(Selective Catalytic Reduction)があります。これらは車へのコストにはなりますが、燃費やパワーといったスペックへの影響が比較的小さいため、今回のレポートでは説明しません。
- NOx生成を減らすには、燃焼時の窒素濃度が減れば良い訳ですが、このために圧縮量/吸気量を減らしつつPMが出ないようにするとパワーが出ません。パワーを維持するために燃料を多めに噴射し、その結果生成されてしまうPMは上記のDPFで処理できるとしても、燃費の悪いエンジンができあがってしまいます。
- しかし、ここで一つ解決方法が見つけられました。一度燃焼した排気ガスに含まれる窒素は、すでに酸化しているため「不活性」になっています。この排気ガスをシリンダに戻して燃焼させれば、圧縮比を維持しつつNOxの生成を抑えることができます。これが排気再循環、EGR(Exhaust Gas Recirculation)です。
排気再循環(EGR)の動き
- ディーゼルエンジンの場合、ガソリンエンジンとは異なり、エンジン強度が許す限り圧縮比を上げることができるので、過給機構としてターボを利用するものがほとんどです。EGRには排気側ターボのタービンの前に還流路を作るタイプ(高圧EGR)と、後ろに還流路を作るタイプ(低圧EGR)があります。ここでは高圧EGRを例にして説明します。
もちろん排気還流路にはDPF等入っていますが、省略しています
- 真ん中にあるシリンダで燃焼された排気ガスは、熱で膨張しているため高圧になっています。排気経路の一部を分岐させて吸入経路につなげた場合、高圧の排気ガスが、低圧の吸気経路へ吸い込まれていきながら混ざり合い、シリンダの中へ戻っていきます。
- シリンダの中は吸気による酸素と、排気ガス中に含まれる(すでに酸化した)不活性の窒素で満たされるため、燃焼時のNOx生成が減るという仕組みになっています。
- ここから、今回Volkswagenが何をしたのかという話になっていきますが、その理由を理解するためにEGRの動きと影響を順番に箇条書きにしていくと
- 排気ガスの一部を還流路へ戻すため排気側ターボへの流量が減り、回転が落ちます
- ターボ回転が落ちると吸入量が落ちるため、吸入側の圧力が下がります(*4)
- 吸入圧力が下がると、排ガスの混入比が上がり、シリンダ内の酸素濃度が下がります
- 結果として燃焼効率低下でパワーが落ちる上に、燃料の燃やし残り(PM)が増えます
- PM増加により、排気/還流経路のDPFでPMを燃やすため、燃料を使う/燃費が落ちます
- このように、エンジンのパワーやトルクといったスペックの観点から見ると、EGRには良いところが一つもありません。純粋にEGRはNOx低減の仕組みなのだということになります。(*5)
NOx低減性能の訴求効果
- もし自分がディーゼルエンジンの車を購入する立場になったらを考えてみましょう。PMの低減については「黒煙が出ない/見えない」というわかりやすい感覚上の判定があります。臭いも無ければ尚好印象でしょう。
- しかし、これがNOx低減の場合はどうでしょう。NOxは目に見えるものではありませんし、臭いもありません。感覚的には非常にわかりにくいものです。NOxの排出がどんな問題を引き起こすか知らない人が大多数(むしろ知らないのが普通)と思われる上に、説明されるまでも無くわかっている人は、そういった問題に対して強い興味を持っている人ですから、そもそもディーゼル車を販売するディーラーに顔を出すことすらしないでしょう。
- つまり、販売する側の自動車メーカーから見て「NOxの低減」という性能の訴求効果は非常に低いと考えられます。そりゃぁ、NOx低減の機能を止めたくなる気持ちも少しはわかるというものです。例えばEGRの機能を止めれば、NOx排出量の増加と引き換えに、パワーと燃費の向上、PM排出量の低下が得られるわけです。
- しかもNOx排出量の増加は、通常の顧客にはわからないものなので、燃費もレスポンスもすごく良い車だという高評価になります。車評論家がVolkswagenの車に高評価を与えていたとしても、現実的に可能な評価項目の中では正しい判定結果だと言えるのです。
- 特にディーゼル車をヨーロッパだけでなく、アメリカでも売りたいと考えた場合、軽油の値段がガソリンよりも高い国でディーゼルエンジン車を売るには「燃費のスペック」がとても重要になります。このため、スペック上の燃費を上げざるを得なくなり、気付いたら試験を突破するのが難しくなっていたという状況だと予想しています。
- だから不正をして良いという話には決してなりませんが、もしかするとNOxが大量に出るケースは、強力なパワーが必要なとき...つまりターボブーストが強く効く状態に限られるのかもしれません。その場合、問題の規模を定量的に捕らえようという観点では、大げさに騒ぎすぎている可能性があります。我々が他の何らかの団体の都合に振り回されていることも有り得るため、冷静に今後の経過/収束を観察/判断していく必要があると考えています。もちろん、現状の自分の認識についてもです。
日本車...マツダの場合
- 日本車の場合ですが、乗用車に対してディーゼルを推しているのはマツダですね。マツダのSKYACTIVエンジンはNOx低減の仕組みとしてEGRとPCI(Premixed Compression Ignition)(*6)を使っています。
- 結論から書くと、マツダの場合Volkswagenと同じような不正は「ない」と言うよりむしろ「できない」と考えています。
- SKYACTIVの圧縮比は「14」というディーゼルエンジンとしては「異例の低さ」です。これでNOxの生成量は減りますが、この圧縮比の低さは、圧縮空気の温度が低く発火しにくい、PM生成を抑えるため燃料濃度を下げるとパワーが下がる、といったエンジンとしては不利な点に繋がるのではと思われますが、これを解決するためにPCIとEGRが使用されています。
- PCIとは、ガソリンエンジンのように燃料と空気を予混合する技術です。発火しない程度に混合タイミングと濃度を調整する必要があるため難しいことはわかりますが、うまくいけば常に理想空燃比で燃焼するため、パワーを取り出す効率が向上すると考えられます。
- そして次はEGRです。そもそも圧縮比を下げたことでNOx生成が少ないのに、何故EGRを使っているかですが、これは圧縮時の空気温度を上げて発火しやすくするために排気を利用しています。圧縮比が小さいエンジンでは圧縮空気の温度が低く発火しにくい状況になります。これに対し燃焼後の高温となった排気をシリンダに戻せば、シリンダ内温度は高温に保たれ、圧縮比の低いエンジンでも問題なく発火させることができます。もちろん排気再利用によるNOx低減もありますが、それはむしろ派生効果だと言えるでしょう。
- つまりSKYACTIVは、動力性能実現のためにPCIとEGRを活用する必要があるため、これらを「止めることは無い」と考えられます。SCRを搭載していないことからもNOx生成が根本的に少ないというアピールが感じられます。マツダ自身も先日声明出しましたね。
今後基準が変わったら
- そんな訳で、幾つかのメーカは特に問題はなさそうだと考えていますが、排ガス規制の基準は数年毎に変わるようなので、更に厳しくなれば今度は違うメーカが追い込まれるのかもしれません。
- 過給器を現状のターボから、高電圧バッテリ駆動のスーパーチャージャに変えるという話も出ているようなので、現状のまま終わりと言うことは無いのだろうと思っています。次のパラダイムシフトでは、どのメーカーがどんな工夫をするのか、また楽しませてもらえそうです。
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Notes
- ちょっと言葉を整理すると、点火は「火を点けること」、発火点は「空気中で燃え始める温度」、引火点は「火を近づけると燃え始める温度」です。
燃料 | 発火点[℃] | 引火点[℃] |
軽油 | 250 | 40〜70 |
ガソリン | 300 | -40 |
- ピストンが上死点近辺にある短時間で、高圧空気に向かって燃料を均一噴射する。考えてみると難しいです。
- 広島大学:PCIに関する論文の図1-5を参考に「ざっくり」書いたものです。
- 排気圧力も落ちるので混入比は戻るかも。その場合シリンダの吸気量そのものが下がり、後は同じことになります。
- マツダファンの皆様。おっしゃりたいことはわかっておりますので、しばらくお待ち下さい。
- トヨタとVOLVOも使っているらしいのですが、はっきりとはわかりません
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2015/10/04: 初版
2018/08/12: 図の分解能を変更
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